さらば、ブッチ・キャシディ。名優ポール・ニューマンの青い瞳のまぶたは安らかに閉じられました…。


ポール・ニューマン-1ミシガン州のとある女性が週末に、コネチカットの田舎に旅行に出かけ、日曜の朝の散歩を楽しんだ後、小腹を満たそうと地元のアイスクリーム・パーラーに入って、ダブルディップのチョコレート・アイスのソフトクリームをオーダーする傍ら、日曜の朝から、自分以外にわざわざ、こんな店に来ている、奇特な1人の先客のカウンター席の男性を見やると、そこにいたのはポール・ニューマンだったそうです。ポール・ニューマンは、日曜の朝から、ひとりでドーナツを頬張り、コーヒーを飲んでいました。他に従業員以外は、自分と彼女しかいない店内で、女性と目が合ったポール・ニューマンは、いかにも地元のおじいさんが、旅行者によくするように、愛想よく、うなずいて会釈をしてみせたそうです。思いがけず、バッタリと大スターに出くわしたばかりか、あのポール・ニューマンが自分に愛想をふりまいてくれたッ!!と思うと、女性はドキドキしてしまいましたが、ポール・ニューマンさんは休日のプライベートな時間を、ひとりで過ごしているのだから、邪魔をしては悪いわ!!と思い、お釣りを受け取ると、そそくさと店を出てしまったそうです。店を出てから、女性は自分の手にソフトクリームがないことに気づき、あぁ、やっぱり、生のポール・ニューマンさんを見て、舞い上がったせいで、肝心のアイスをもらわずに出てきちゃったのね…ッ!!と、店に引き返しましたが、店内のカウンターには、コーンホルダーに乗ってあるべきはずの自分のダブルディップ・チョコレート・アイスがありません!!、キョトキョトする女性に向かって、ニヤリと笑ったポール・ニューマンは親しげな口調でひと言、「奥さん、アイスなら先ほど、ご自分でハンドバッグの中にしまわれましたよ」、あぁ…、ポール・ニューマンに出くわして、取り乱した女性は、普通の買い物で買った商品をカバンにしまうように、ソフトクリームをハンドバッグに押し込んで、店を出てしまったんですね…。ポール・ニューマンがいかに大スターで、女性に人気があるかのわかるユニークなエピソードですが、同時に、女性がソフトクリームをハンドバッグに詰め込むのを注意せず、黙ってクスクス見ていた辺りは、いくつになってもイタズラっ子だったポール・ニューマンの人柄をも偲ばせます。
ポール・ニューマン-2…以上は、FILMSCHOOLREJECTS.Com のライター、マギー・ヴァン・オストランドさんが紹介していた、名優ポール・ニューマンの晩年の逸話のひとつです。また、マギーさんは、かつて芸能エージェントだった頃、勤めていたオフィスのビルのオーナーのひとりがポール・ニューマンで、エレベーターで、ポール・ニューマンとよく出くわしたと思い出を綴っています。そんなマギーさんは、残業で遅くなりすぎた深夜2時に、新車のマスタングに乗って帰宅中、信号待ちをしていたら、となりにオンボロのワーゲンに乗ったポール・ニューマンがやって来て、顔見知りのマギーさんに向かって、信号が変わったら、どっちが先に飛び出せるか、レースをしようと誘いかけてきたそうです。俳優だけでなく、カーレーサーとしても知られるポール・ニューマンですが、いくらドライビングの腕が確かでも、相手が錆びついたオンボロのワーゲンなら、自分のマスタングが負けるわけはないと思ったマギーさんは、よしッ、ポール・ニューマンを負かしてやれ!!と勝負を受けましたが、信号が変わった途端、ポール・ニューマンのワーゲンは猛烈な加速で飛び出し、追いつく間もなく、アッという間に見えなくなってしまったそうです。呆気にとられたマギーさんが、翌日、同僚にこの出来事を話すと、「バカだなぁ、ニューマンのワーゲンは改造車で、中はレース用のエンジンを積んでるんだ。オンボロな外見で人を誘っておいて、イタズラをしてるんだよ」と教えられ、ポール・ニューマンの「レースをしようぜ!!」は、カーレーサーでもある自分に引っ掛けた、お得意のジョークだと知ったそうです。このように、スクリーン上だけでなく、ふだんの人生でも、多くの人と身近に楽しくふれあってきたポール・ニューマンが、かねてから患っていた癌のため、26日(金)、コネチカット州ウエストポートの自宅で、家族と親しい友人らに看取られ、息を引き取ったことを、代理人のジェフ・サンダーソン氏が発表しました。50年間も連れ添った名女優の妻、ジョアン・ウッドワードと映画、そして、カーレースと食を愛し、充実した人生を生きた名優の享年は83歳でした。「明日に向かって撃て!」や、「ハスラー」(1961年)、「スティング」(1973)、「ロイ・ビーン」(1972年)、「スラップショット」(1977年)、「暴力脱獄」(1967年)、「タワーリング・インフェルノ」(1974年)、「評決」(1982年)など、即座に思いつくだけでも、本当に多くの名作を遺してくれたと思います。
ポール・ニューマン-ノーバディーズ・フールそういった名作のうちには数えられていませんが、晩年に入った1994年に主演した「ノーバディーズ・フール」で、ポール・ニューマンが演じた、楽しくて、いい奴なんだけど、いい歳こいても、ちゃんとした大人にはなりきれないダメ親父の姿には、先のエピソードのような、ポール・ニューマンの等身大が投影されているようで、ファンの心には深く残ると同時に、世の中にダメな人間や、不要な人間なんて、ひとりもいないんだよ…と、やさしく教えてくれた映画だったと思います。共演のブルース・ウィリスも、大先輩に敬意を表し、脇役に徹した名演技で、むしろ、他の派手な映画よりも印象に残る存在感を発揮していますし、メラニー・グリフィスジェシカ・タンディと、素晴らしいアンサンブルの観られる映画なので、この機会にお薦めしておきます。また、ポール・ニューマンと言えば、語らずにはおけない、「明日に向かって撃て!」、「スティング」の相棒、ロバート・レッドフォードは、1979年の映画「出逢い」のロケ中に、親友ポール・ニューマンから大量のトイレット・ペーパーを陣中見舞い?で贈られ、見てみると、トイレペット・ペーパー全部に自分の顔が印刷されていて、共演の主演女優ジェーン・フォンダをはじめ、スタッフは全員、毎日、ロバート・レッドフォードの顔でお尻を拭くことになった!!というジョークをかまされましたが、「ポールはそこに本人がいなくても、周囲を楽しませて、映画の撮影をスムーズに進行させることのできるスゴイ人…」と、当時のインタビューで語っています。そんな相棒のブッチ・キャシディがいなくなって、サンダンス・キッドも寂しくなってしまいました…。と、ポール・ニューマンの話題でしんみりするのは、あまり故人もよろこばないと思うので、最後にもうひとつ動画を…。一度観たら、忘れられない、「暴力脱獄」(首から下げた栓抜きが妙にカッコよかった)の有名な茹で玉子を50個、大食いするシーンです。ポール・ニューマンはフード・ファイターの元祖でもあったんですね。さようなら、ポール。安らかにお休みになってください…。

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