次のアカデミー賞本命はこれ!!、これが映画だッ!!、「マン・イン・ザ・チェアー」!!

1a81cc39.jpg2008年アカデミー賞有力候補の映画「マン・イン・ザ・チェアー」(2007年/“Man in the Chair”)は、いくつもの映画祭で主要な賞を独占し、新作ながらクラシックと呼ぶにふさわしい風格の名画と褒め称えられている作品です。この映画は、かつて映画の現場で働いていたこともあるが、現在はうらぶれ、人生の終わりを迎えようとしている孤独な老人と、映画を作ることで自分の将来を切り開こうとする少年との、世代を越えて通じ合う映画を愛する心の夢とふれあいを描いた感動の作品です。
「マン・イン・ザ・チェアー」の主人公、マイケル・アンガラノが演じる少年キャメロンは、映画のコンテストでグランプリを獲り、その奨学金で映画の学校に行こうと考えますが、自分ひとりではそれを達成できそうにありません。そんな時、キャメロンは、かつて映画製作の仕事をしていた老人、クリストファー・プラマーが演じるフラッシュと出会います。年老いて、すでに心も体も荒んでいたフラッシュは、初めキャメロンを相手にしませんが、キャメロンの中にかつての自分の面影を見たフラッシュは、彼の中で映画への情熱が再び湧き上がることに気づきます。そして、少年と老人との自主映画の共同製作が始まるのですが…。(続きを読むをクリックで予告編)


この映画の最大の見所は、老人フラッシュを演じたクリストファー・プラマーの名演技です。クリストファー・プラマーは1950年代から今日までに、すでに100本以上の映画やドラマに出ている名優です。近年も「シリアナ」(2005年)や「インサイド・マン」(2006年)などで印象に残る悪役的演技で魅力を発しています。
そんなクリストファー・プラマーはよく20世紀を代表する名優などと言われますが、実のところ、1964年に演じた映画史上の不朽の名作「サウンド・オブ・ミュージック」(←実話ですよ)の中でのトラップ大佐役ぐらいしか当たり役が無く、これまで一度もアカデミー賞にノミネートすらされたこともない人です。
そのクリストファー・プラマーが、本人も「長い俳優人生の中で初めて、私の心にふれてくる役に出会った」と述べているように、78歳にしてようやく出会えたのが本作「マン・イン・ザ・チェアー」であり、この映画でのクリストファー・プラマーの人生を重みを表現しきった渋い演技は、確実に2008年のアカデミー主演男優賞に輝くと言われています。そんな噂の背景には、クリストファー・プラマーが長いキャリアの中で賞に恵まれなかった不運や、年齢を考えると次があるのか?という同情票もあるとか言われますが、実際、この映画のクリストファー・プラマーを観れば、彼以外に主演男優賞は考えられないと誰もが納得するんじゃないでしょうか。
そんなクリストファー・プラマーを相手に主人公キャメロンを演じたのは、「ロード・オブ・ドッグタウン」(2005年)で彼のファンになった人も多いかなと思うマイケル・アンガラノです。彼は「ミュージック・オブ・ハート」(2000年)でもオスカー女優のメリル・ストリープを相手に立派な演技をしており、将来が期待される若手の演技派です。ただし、次回作がジャッキー・チェンジェット・リーが禁断の初対決を行なう“The Forbidden Kingdom”というのは、ちょっとわからない仕事の選び方ですが…。
他の共演陣には、「ブレードランナー」(1982年)や「ブラッドシンプル」(1983年)などにも出ていた名バイプレーヤーのM・エメット・ウォルシュや、日本でもテレビドラマ「探偵ハート&ハート」(1979~1984年)でおなじみのロバート・ワグナーなど名優ぞろいです。ロバート・ワグナーは近年では、「オースティン・パワーズ」シリーズのイメージしかないかもしれませんね。
最後に、この名作を作った監督はマイケル・シュローダーです。マイケル・シュローダーは、80年代から映画やドラマの監督、プロデューサーとして活躍してきた人ですが、そのほとんどがB級のいわゆるジャンルものと呼ばれる型にはまった大量生産的な商品映画(アンジェリーナ・ジョリーも出てる「サイボーグ2」(1993年)とか)ばかりなので、ほとんど注目されることのなかった人です
その彼が、この「マン・イン・ザ・チェアー」を作るきっかけは45歳の時に、それなりにプロの映画監督として成功しているものの、本当に作りたい映画は一本も作っていないことに気づいたことからでした。
マイケル監督は、そのような自分の映画人生のあり方に悩んだ末、離婚して独身、子どもも独立したという身軽さから、家も土地もベンツもすべてを売り払い、小さなアパートを借りて、納得のいく脚本を書き上げてみようと誓ったそうです。
けれど、そんな背水の陣で臨んだマイケル監督でしたが、現実の人生に映画のような奇跡は起こらず、そのまま8年間も、相変わらずの小さなアパート暮らしで、これと言える脚本も書けず苦しみます。
しかし、その後、現在の奥さんと出会い、励まされたマイケル監督は、諦めずに新たな脚本を書く決意のために、映画人生の出発点を振り返ってみたら、1986年に助監督として参加した“The Longshot”という映画の現場で、監督のポール・バーテル(日本では俳優としての方が有名。「ユージュアル・サスペクツ」(1995年)などに出ている)から映画関係者のための老人ホームのような施設があることを聞かされたのを思い出し、そこからようやく、この「マン・イン・ザ・チェアー」の発想を得たとのことです。また加えて、マイケル監督自身もノースカロライナ州のアートスクールで映画を教えている先生なので、日頃の生徒たちとの交流の経験なども映画の中には反映されていると思います。
「マン・イン・ザ・チェアー」の脚本完成後は、マイケル監督を長男とする8人兄弟の一番末っ子の妹サラが、不動産ローンのビジネスで成功した彼女の営業手腕で映画製作の資金をかき集め、何とか映画の完成にこぎつけました。もし、「マン・イン・ザ・チェアー」がアカデミー作品賞を獲れば、やさしい妹さんは映画プロデュース第1作目で、いきなりオスカーを手にする幸運に恵まれるかもしれません。
「マン・イン・ザ・チェアー」はすでにアメリカで公開されており、批評家だけでなく、一般の観客からもほぼ最高の評価を得ています。恐らくアカデミー賞の結果を待ち、2008年中には日本でも公開されるのではないでしょうか。メジャーな映画スタジオの資本が入っていないインディペンデント映画なので、賞レースは苦戦すると思いますが、本当に映画を好きな人が作った、この作品をぜひ応援してあげてください。あ、ところで、「マン・イン・ザ・チェアー」のタイトルの意味は察っせられますよね、そう、監督のイスに座ることです。みなさんも憧れたことあるんじゃないですか?、あのイスのすわり心地に…。
それでは、様々な人の映画人生が凝縮された傑作「マン・イン・ザ・チェアー」の予告編をご覧ください。
「マン・イン・ザ・チェアー」公式サイト(英語)はここ

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